東武天皇について教えてください
明治天皇に対立して即位したといわれる徳川幕府側の『東武天皇』(後の北白川能久親王)の天皇としての即位の正当性及び歴史上の天皇としての位置づけについて教えてください。....
京都の北白川にあったカレー屋さん
京都の白川通今出川の交差点を西に京大の方に向かい、左手(南側)に、「私設図書館」の少し先に、小さなカレー屋さんがありました。20年くらい前のことですが。今、札幌では「スープカレー」が人気ということですが、....
京都会館付近でオススメのホテルを教えて下さい。
ます。ホテルを予約しようと思い、とりあえず「じゃらん」のサイトで探してみました。が、サイトをみると「祇園・北白川」「河原町・二条・五条」「京都駅周辺・京都南」「嵯峨野・嵐山・高雄」「宇治」「亀岡・丹波」「舞鶴」....
再び赤坂プリンスホテル(by アポロさん)
赤坂プリンスホテル・・久しぶり(2006年1月15日以来)の赤プリです。今回も、予約のときに禁煙・高層階のダブルでリクエストしました。当日は希望どおりの部屋が用意されていて感謝!まぁ、前回と部屋の向きが違っていただけだけど・・1月は皇居を望める部屋でしたが今回は六本木ヒルズ・赤坂御用地が見える部屋でした。ぼくの好みはこの部屋がいいなぁぁ・・次回からはリクエストを増やそうと思っています。この赤プリには、元北白川宮邸であった建物が現在は旧館としてレストランや結婚式として使われています。この建物や高輪プリンスホテルの貴賓館(元竹田宮邸)・新高輪プリンスホテルは元北白川宮邸跡地に建っている・品プリは旧華族毛利邸跡地にある・隣のホテルパシフィック(京急系列)は東久邇宮跡地(実は国有地だった)・そして京急の大株主は西武グループ (現在は不明) ・・どうしてプリンスホテルって名称が使えるの?西武グループはどうして巨大になったの?昭和43年以前までプリンスホテルは菊のマークを使っていた・・なぜ?などの裏話はまた、後日として赤プリの話ですが・・いつも通りにレイトチェックアウトでインを午後2時アウトが翌日午後3時のリクエストをしておきました。これはプリンスのIDを登録してネットで予約すれば誰でもリクエストできますよ。このホテルはルームサービスが充実していますねぇ! と言う事で・・ぼく達は、朝食だけルームサービス (=^^=) ニョホホホ・・チェックインの前にホテルのベーカリーでパン等を買い込みコンビニで飲み物を調達してブランチ用としました。夕食は、はじめて赤坂の街(一ツ木通り)に散歩ついでに出掛け 美味しい中華屋さんを見つけちゃったり、怪しい小道を覗いて見たりチッョとドキドキしました。そして陸橋から見た赤プリって、すごくロマンチックに見えたのは何故だったのだろう?11月には赤プリのイルミネーションがさらに都会の中に季節を感じさせてくれるのかなぁ?赤プリの部屋は高輪プリンスホテルさくらタワーに次ぐ広さで窓際にあるソファーも使えますね。また、ドァーから部屋までにアプローチが有ることで、サービスを受けるときにも、ある程度プライベートが保持されるのもグッドです。
【旅行時期】2006/10/04~2006/10/05
【エリア】
赤坂
【テーマ】
夜景
【投稿者】
アポロ
夜の奈良・青春プレイバック京都(by 尾瀬リピーターさん)
17日夜、大阪での仕事がはねた後、国会図書館関西館にいる、RI君を訪ねた。
RI君は、高校・大学の同窓生。
18時半に近鉄奈良駅の噴水・行基像前で待ち合わせ。
公務員というより、アーティストRI君面目躍如の格好で、約1年半ぶりの再会である。
当地に単身赴任で、すでに行きつけの店を数軒開拓。
今日は、何時に眠れるのやら。
私は、奈良には久しぶりというより、学生時代の「合ハイ(キング)」以来30数年ぶり。
言い寄られた、あの「郡山」の彼女はどうしているでしょうか。
1軒目は、ライブハウス「とらきち」。
すでに常連。この界隈を「根城」としている「イチローさん」他と遭遇。
2軒目は焼き鳥屋「よたろう」。
しかし、すでに満員。詩をライフワークとしているRI君の「弟子」の女性が、
店員とのことだが、残念ながら、パス。
そして、いよいよ腰を落ち着ける店「あっちぇ」へ。
高知出身の美人のいとこ同士2人でやっている小さなスナック・クラブである。
常連がくるくる。
「とらきち」で遭遇した人「イチローさん」、「研究者Aさん」とまた再会。
更に、RI君の職場の後輩S君も登場。
ついに、1時過ぎまで、酒とカラオケ三昧。
RI君の「官舎」に帰って就寝2時でした。
関西学研都市にある宿舎。静かでとても良いところ。
部屋は、単身のRI君、学生時代そのままの感じです。
しかし、部屋には、娘さん、孫の写真。勿論奥さんも。
そのなれそめを知っている私としては、感慨深いものがあります。
さて、RI君に送られて、一路京都へ。
1日京都の場合、だいたい鞍馬へ行って、宇治に行くのが、この所の定番。
しかし、午後の時間しかないので、今日は、青春プレーバックに。
ホテルに荷物を預けて、昼飯は、四条河原町そばの「??」へ。
餃子とやきそばで800円、やはり「王将」より高い。
夕方は「王将」で!
河原町三条から「32」番バスで、岡崎公園経由で銀閣寺道へ。
銀閣寺道から、いよいよ青春プレーバックの始まり。
「哲学の道」もいいのだが、意外と知られていないのが、銀閣寺道から西、
白川通りの西、北白川・京大・人文研辺りの疎水沿い。
学者や役者の家があり、観光客も少なく、結構穴場。
私もRI君もこの辺りに下宿し、京大に通っていた。
まず、深夜までやっていた中華料理屋「李白」。健在。
高名な歴史家「貝塚茂樹」先生のお手伝いさんが、
中国の郭沫若さんに郵便物を送っていた所をみた、北白川郵便局も健在。
しかし、「白川湯」はすでに無し。
さて、下宿はというと、道路沿いの駐車場には建物が建っているが、あった。
Nさん宅、建物はあるが、ワンルームが当たり前の昨今、
間借りというのは無いはず、門も閉まっている。感謝して通りすぎる。
さて、人文研は健在。
しかし、人文研前の、貝塚先生のお宅は、表札がない。
近くにあった「大川橋蔵」さんのお宅、
当時は「大川こと丹羽」(本名は丹羽富成)とあったが、別の表札に。
有名なお地蔵さんを横に、久しぶりに、「京大キャンパス」巡りを。
文学部の考古学教室は登録文化財になっている。
見ると、時計台や「旧教養部」門も同様。
なんと言っても、時計台が綺麗になり、レストランが入っている。
法経1番教室(数々の学生大会が開かれた栄光の!)が、
100周年記念ホールになり、そして記念展示室も。
69年当時の「大学紛争」のニュース映画もあったが、
展示コンセプトが不明? 相変わらずの「当局」ですな。
さて、「旧教養部」も様変わり、正門そばの大樹、守衛室くらいが面影を残しているくらい。
しかし、あった、ハーモニカ長屋のクラブ部室。
相変わらず、雨漏りもしているのだろうが、
「考古学研究会」と「美術研究会」の合同部室。くっきり。
思い出す。下級生に「愛の告白」をされたのに、どぎまぎして、
逃げるように退出したのを。
グランドでは、多分準硬式定期戦でしょうが、試合をやっているが、
応援団は3人のみ。アメフトとは大違い。
アメフトも、不祥事を克服して頑張って貰いたいもの。
西部講堂は依然としてあの「三つ星」がくっきり、
連合赤軍事件、テルアビブ事件は本当に悲惨だったが、すでに歴史的となり、
「三つ星」の意味もわからないでしょう。
久しぶりに、鴨川沿いに四条まで、約1時間かけて歩いてみる。
鞠小路を、南に下がり、荒神橋から、川沿いを。
本当に鴨川はいい。
鳥も鴨、白鷺、ゴイサギ、アオサギ、こさぎ、と色々います。
納涼床もでています。
相変わらず、だいたい5メートルおきにカップルが座っている。
学生時代、私には縁がなかった絵柄だ。
夕食は、学生時代お世話になった「王将」で。
しかし、北白川辺りには無くなり、今や主婦の総菜の店になっているようだ。
半日の青春プレーバックだったが、何故か選挙ポスターが気になるのであった。
京都の桜を探しに(後編)(by ちょぴんさん)
仕事がうまくいかないとき、なんかもやもやしているとき、「京都行きたい!」という思いが噴出。
JR東海の「そうだ 京都、行こう」そのままに、夜行バスに飛び乗る。
(後編)