アパホテル<大垣駅前>
〒503-0901 大垣市高屋町1-150
↑JR大垣駅、近鉄大垣駅隣接
「水の都」大垣市の中心、駅前広場に面するビル隣接
城下町大垣、古都の叙情に加えマルチメディア時代の先駆けとしても目覚しい発展を遂げています。その大垣駅前にあってビジネスにも旅人にも充実の設備を整えているのがアパホテル〈大垣駅前〉です。
スーパーホテル大垣駅前
〒503-0905 大垣市宮町1-40
↑大垣駅から徒歩5分の好立地
2004年2月オープン!朝食付きで料金も魅力的。
大垣駅より徒歩3分。朝食付きでお得な料金が嬉しい。チェックイン機の導入によりルームキー要らずの暗証番号管理。ロフト付きのお部屋「スーパールーム」はファミリーにもおすすめ。駐車場も40台あるよ。
バードグリーンホテル大垣
〒503-0864 岐阜県大垣市南頬町1―159
↑存在感のあるチャペルがお洒落な旅を演出
南ヨーロッパ風の豪華で明るい雰囲気が漂うシティ感覚ホテル
・ゆったりした部屋の広さとベッドサイズ。客室はインターネットが接続可能。ダブルドアーとミニキッチンを完備している。レストランは和洋中とあり、宿泊者には朝食バイキングがサービスとなる。
ロワジールホテル大垣(旧チサングランド大垣)
〒503-0905 大垣市宮町1-13
↑ビジネスや旅行の拠点に便利な立地
観光やビジネス、ブライダル利用に嬉しい施設充実のシティホテル
大垣駅より徒歩3分の好アクセスに加え、水と緑に囲まれた閑静な環境が魅力的。和・洋レストランやラウンジ、結婚式場、ブライダルコーナー、大小宴会場を完備。関ヶ原古戦場や伊吹山など、周辺観光も◎!
大垣に関する質問
大垣駅での乗り換え
JRの大垣駅と樽見鉄道の大垣駅はホームが違うだけのようなのですが、JRで大垣駅に9時4分に着いて樽見鉄道の大垣駅9時8分発に乗ることは可能でしょうか?....
大垣での過ごし方
今週末、青春18きっぷで大阪から東京へ行きます。途中 大垣-東京 間は夜行列車を使います。大垣で一時間半も時間があるのですが、何かいい過ごし方ありますか?大垣って賑やかなところなのでしょうか…?時間は22:30....
大垣からシャトル切符を使うには
JR名古屋駅からJR京都駅に行く場合、大垣からシャトル切符を使いたいと思います。名古屋〜大垣は在来線の切符で行きますが、大垣からのシャトル切符はどこで購入すればいいのでしょうか。名古屋駅で購入できるのでしょうか。列車内でも....
大垣旅行記
岐阜の花火を車窓から…(by 空っちょさん)
平成18年7月29日(土)
今年こそは!!!近くから長良川の花火見るぞ〜♪なんぞ思っていましたが…今年も…。
来年こそはっ(b^-゚)
城マニア★岐阜城・大垣城・墨俣一夜城編(by ★みっちー★さん)
岐阜城・大垣城・墨俣一夜城を見学してきました。
現在の主人と友達関係の頃一緒に行きました。
美濃路自転車散策(尾張編)(by スナフキンさん)
美濃路は、東海道の宮宿から、名古屋宿、清洲宿、稲葉宿、萩原宿、起宿、墨俣宿、大垣宿の七宿を経て、中山道の垂井宿に達する14里24町15間(約58km)の脇街道です。
江戸から京都へ上るにあたり、美濃路を通ると、東海道を行くより2里遠回りとなりますが、東海道の難所である「鈴鹿峠」と「七里の渡し」を避けることができるのが利点で、朝鮮通信使や西国大名も多く利用したそうです。
このように、美濃路は平坦な濃尾平野を進むため、船酔いや山越えの苦労はありませんが、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の大河が行く手を阻み、橋などなかった昔の旅人の苦労が偲ばれるところです。
もちろん今では、これらの川には立派な橋がかかり、楽に川を越えることができますので、平坦な道のりを行くこの街道は、自転車で旅をするには格好の道となっております。
また街道の風景は、名古屋という都会にひっそりと息づく歴史ある風景から、木曽三川や養老山系、伊吹山などの雄大な自然の風景まで変化に富んでおり、多くの素晴らしい街道風景に出会うことができました。
旅行行程:熱田〜清洲〜稲葉〜起〜墨俣〜大垣〜垂井(うち起まで)
所要時間:10:15〜16:45
※参考資料 「美濃路散策ルートマップ」尾西歴史民俗資料館
日本の旅 奥の細道を辿る【4】 芭蕉が訪ねた象潟、酒田、鶴岡、新潟(by さすらいおじさんさん)
芭蕉は羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山も訪ねている。出羽三山を巡ることは一度この世(羽黒山)を去ってあの世(月山) に行き、この世に生まれ変わる(湯殿山)ことを意味しこの世にあって輪廻を味わうことを「悟り」 というそうだ。芭蕉は「悟り」の体験の中で出羽三山の句をそれぞれ残した。
「涼しさやほの三か月の羽黒山」(羽黒山)
「 雲の峯幾つ崩て月の山」(月山)
「語られぬ湯殿にぬらす袂かな 」(湯殿山)
私は出羽三山を訪ねることができなかったが、一度訪問し芭蕉のように「悟り」を知る修行をしてみたいと思っている。
芭蕉は鶴岡では武士・長山重行、商業で栄えていた酒田では医師・淵庵不玉らの歓待を受け、
「 あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ」
「暑き日を海にいれたり最上川 」
の句を残した。私は鶴岡では鶴岡城跡、致道博物館、1868年62歳で入寂した鉄竜海上人の即身仏を安置する南岳寺などを訪ねた。出羽三山に行けなかったものの生きたままミイラ仏となる出羽三山の厳しい修行に感動した。酒田では本間家旧本邸、山居倉庫などを見学したが商業が栄えた豊かな街で俳諧を嗜む人も多く、芭蕉を歓迎したのだろう。
現在も海が美しいのだが、雨にうるんだ象潟(きさかた)では
「象潟や雨に西施がねぶの花」
越後路では
「荒海や佐渡によこたふ天河」
「一家に遊女もねたり萩と月」
金沢では知人の不幸を知り追悼の句
「塚も動け我泣声は秋の風」
と次々と名句を残し1689年8月21日、奥の細道むすびの地大垣に至り
「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」
の句を残した。
芭蕉はその後も旅を続け、1694年10月8日辞世の句ともいえる
「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」
を残し、4日後の12日51歳の生涯を閉じた。遺骸は芭蕉の遺言通り滋賀県の義仲寺の木曽義仲の塚の側に葬られた。これは、生前芭蕉が死後木曽義仲と塚をならべてほしいと語ったことによるもので、芭蕉は平泉の高館・義経堂で涙を流したように源義経や義仲、といった悲劇の武人にとりわけ思いを寄せ、「奥のほそ道」の旅中、これらの人物にゆかりのある土地を訪れて句を残している。義仲については1183年4月に平家軍との戦いで戦場と化した北陸・燧(ひうち)が城を眺め、
「義仲の寝覚めの山か月悲し」
の句を詠んでいる。旅の詩人「杜甫」を尊敬し、杜甫のように旅先で客死することを望んでいた芭蕉は望み通り旅先で生涯を閉じた。自分の思いを最期まで貫いた芭蕉は幸せな生涯だったと言えるだろうし私が理想とする生き様を示したあこがれの詩人でもある。
(写真は象潟の景観)=みちのく・奥の細道の旅 完=
郡上八幡城で見た火縄銃鉄砲隊(by glabraさん)
訪問した郡上八幡城の本丸で、火縄銃の実演を見ることが出来ました。火縄銃を実演して下さったのは大垣城鉄砲隊の方々。本物の火縄銃の音を聞くのは初めての経験でした。ただし安全のため鉛の玉を入れない空砲だそうです。
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