黒部観光ホテル

〒398-0001 長野県大町市平2822

黒部観光ホテル
↑424平米 128坪イングリッシュガーデン♪♪

緑と花と安曇野郷料理の宿

立山黒部アルペンルートやサンアルピナ鹿島槍スキー場などのレジャーの拠点に便利な、北アルプスを望む信州・大町温泉郷のホテル。2種類の温泉大浴場と露天風呂、旬の食材豊富な山海の幸のバイキング!

黒部観光ホテル

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ホテルアクア黒部

〒938-0042 富山県黒部市天神新353-1

ホテルアクア黒部
↑洗練されたムード溢れる外観

JR黒部駅から徒歩1分!ビジネス、観光に最適

黒部峡谷など観光の拠点に最適!JR黒部駅から徒歩1分なのでビジネス利用にも便利!館内には富山湾の幸が味わえる日本料理店も備え、お勧め!

ホテルアクア黒部

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ホテル黒部

〒938-0282 富山県黒部市宇奈月温泉7番地

ホテル黒部
↑峡谷の大自然、トロッコの赤い橋が眼前に!

全室からトロッコ電車が見える唯一の宿。富山の味覚でおもてなし。

宇奈月温泉の最上流に位置し、トロッコ電車や宇奈月ダムを眺めることが出来る唯一の宿。大浴場は宇奈月最大級の湯量があり黒部峡谷の景観は随一と評判です。富山ならではの味覚でおもてなしいたします。

ホテル黒部

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黒部に関する質問

黒部 黒部アルペン村について

ツアーの日程の最後が 黒部アルペン村(お買い物)なんですがおすすめ物は?ちなみにこの日はトロッコ列車で宇奈月温泉⇔欅平 で黒部アルペン村ですがおみやげに何がいいですか?....

  黒部アルペン村についての詳細


黒部 富山県 黒部市周辺の観光スポット

稚拙な文章ですみません9月上旬、富山県の黒部市でキャンプ(大学生30人ぐらい)をすることになったのですが、黒部市、およびその周辺で、特にオススメ、これは見ておいたほうがイイというような観光スポット等ありましたら教えてください....

  富山県 黒部市周辺の観光スポットの詳細


黒部 ホテルアクア黒部

ホテルアクア黒部で、インターネットはできますでしょうか?どなたか教えてください。....

  ホテルアクア黒部の詳細


黒部旅行記

富山の旅 黒部立山アルペンルート―立山(by marukunさん)

黒部

  • http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/






  • 移動という旅では

    日本随一の贅沢さ。

    3000メートル級の峰峰を

    トロリーバス、ロープェイ、トロッコなどを乗り継ぎ・・・


    そして季節はずれのクリスマスイブを口ずさみ、
    ひそやかなデートコースを


    みどころガイドINDEX



    美女平・材木坂周辺のみどころ
    材木坂/美女杉/美女平屋上展望台/美女平原生林/バードウォッチング/ブナ坂/
    森の巨人百選・立山杉/立山カルデラ砂防博物館


    称名滝・八郎坂周辺のみどころ
    称名平園地/飛龍橋/称名橋/滝見台園地/八郎坂/大観台/弘法


    弥陀ケ原周辺のみどころ
    立山カルデラ展望台/弥陀ヶ原/追分・一ノ谷の分岐点/追分/松尾峠展望台/一ノ谷/獅子ヶ鼻岩


    室堂周辺のみどころ
    国立公園「立山」石碑/立山玉殿の湧水/室堂平供養塔/みくりが池/立山室堂/石仏群
    みくりが池より立山/えんま台/血の池/みどりが池/玉殿の岩屋/春山スキー/抜堂を経て一ノ越/
    雷鳥沢/鍛冶屋地獄/水平道(地獄谷〜大谷)/水平道(天狗平)/雪の大谷/室堂山展望台/


    黒部ダム周辺のみどころ
    黒部平園地/タンボ沢/湖畔の散策道/カンパ谷の吊橋/黒部湖遊覧船/
    黒部ダム石碑/殉職者慰霊碑/ダム展望台

    【旅行時期】1987/05/~1987/05/
    【エリア】立山・アルペンルート
    【テーマ】登山・ハイキング
    【投稿者】marukun

    日本の旅 みちのく文学を辿る【12】 黒部ダムと富山市(by さすらいおじさんさん)

    黒部
    糸魚川では「カチューシャの唄」、「春よ来い」、早大校歌「都の西北」などの作詞で知られる相馬御風(そうま・ぎょふう1883−1950)の生家を訪ね、JR大糸線で信濃大町に出て扇沢経由で黒部ダムに向かった。
    黒部ダムは1956年から7年の期間と延べ1000万人の労力をかけて建設された。アーチ式ドームの高さは日本一の186mで、黒部川第四発電所の年間発電量・約10億kWhは、一般家庭約30万戸の1年分の消費電力に相当するそうだ。黒部ダム建設の苦難は木本正次(1912−1995年)が「日本人の記録・黒部の太陽」に著した。1968年には木本正次の原作に基き石原裕次郎(1934−1987年)と三船敏郎(1920−1997年)の2つの独立プロの共同製作で、熊井啓監督、石原裕次郎、三船敏郎らのキャストでの「黒部の太陽」が映画化された。石原裕次郎は後に「黒部の太陽」は生涯で最も情熱を注いで製作した映画だと語っている。独立プロとして初めての製作で多くの苦労があった石原裕次郎の執念を感じさせる作品だった。多大な労力をかけ苦難の末に完成した日本一のアーチ式ドーム・黒部ダムと黒部湖の景観は素晴らしかった。
     富山では富山市役所の上部から市内の光景を見て、この旅で最後に観光した高岡では座高9・77mの青銅製坐像で北陸有数の大仏を拝観した。
     富山県出身者の文学作品で最も印象に残るものは、プロの作家では無いが140万部を超える異例のロングセラー・井村和清著、1980年刊の「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」だ。井村和清(1949−1980年)は砺波市に生まれ医師になり沖縄県立中部病院、岸和田徳洲会病院に内科医として勤務するが1977年に右膝に悪性腫瘍が発見され、右脚を切断。半年後に義足で職場に復帰するがまもなく肺への転移が見つかり自ら「余命6カ月」と診断し、懸命の闘病生活を送りながら死の1カ月前まで医療に携わり、1980年1月、31歳の若さで砺波市内の自宅で亡くなった。「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」では「死にたくない。生まれてくる子の顔を見たい」と末期がんとの闘病生活の中で、妻倫子、長女飛鳥、そして当時、倫子の胎内にいた二女清子への思いのすべてを吐露している。1982年には名高達郎 、竹下景子主演で映画化され、テレビドラマ化や韓国語に翻訳もされている。この著書が長期に渡って愛読されているのは死に直面した時に子供達への愛情に満ちた遺言を残す一方、医師らしくがんとの壮絶な闘いから逃げず、生への執着をみせ最期まで医療に献身する姿が感動を呼んだことは勿論だが、同時に井村医師は「将来は老人が安心してリハビリできる病院を作りたい」という夢を抱く、「医師に最も求められている患者を思いやる優しい人柄」であったことも見逃せない。井村医師は医師であると同時に義足を付けた身体障害者であり、がん患者であった。身体不自由者の立場から健康な人達に「健康の喜びと感謝の気持ちを持つこと」を呼びかけている。

    あたりまえ
    こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう
    あたりまえであることを
    お父さんがい
    るお母さんがいる
    手が2本あって、足が2本ある
    行きたいところへ自分で歩いてゆける
    手をのばせばなんでもとれる
    音がきこえて声がでる
    こんなしあわせはあるでしょうか
    しかし、だれもそれをよろこばない
    あたりまえだ、と笑ってすます
    食事がたべられる
    夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる
    空気をむねいっぱいにすえる
    笑える、泣ける、叫ぶこともできる
    走りまわれる
    みんなあたりまえのこと
    こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
    そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
    なぜでしょう
    あたりまえ

    健康であることをあたりまえのことと考え、感謝をしないことへの戒めの言葉には反省しなければならない。井村医師が患者に優しかったのは、自身が身体障害者かつ病身であり、患者の気持ちを良く理解できたことが大きいだろう。米国での「身体不自由な医師−Disability Doctor」の採用の是非を問う記事を読んだことがあるが、「身体不自由者の気持ち」を理解しながら心のケアもできる点で「身体不自由な医師」の存在は大切なことだと思う。井村医師の死後薬剤師の妻倫子は、故郷沖縄県石川市に薬局を開業し井村医師の遺志を継いで2人の娘を立派に育てあげたそうで頭が下がるばかりだ。
     1993年の13日間のみちのくの旅は未知の世界を見て、新しい知識をたくさん教わった素晴らしい体験の旅だった。
    (写真は黒部ダム)

    【旅行時期】1993/05/22~1993/06/03
    【エリア】富山県
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】さすらいおじさん

    日本の旅 みちのく文学を辿る【11】 立山連峰と称名滝(by さすらいおじさんさん)

    黒部
     立山(最高峰3015m)は、富士山、白山と並ぶ日本三大霊峰の一つとされ、山麓の岩峅(いわくら)寺、芦峅(あしくら)寺により広められた立山信仰により、古くから多くの登拝者が訪れている。
    万葉の時代には、神の山として崇められ人々は登ることを禁じ、山麓の社を参拝するだけだった。国守として越中に746年に赴任してきた歌人、大伴旅人の子・大伴家持(−785年)は
    「立山に降り置ける雪を常夏に見れども飽かず神からならし」
    と神の山を敬う歌を詠んでいる。但し、深田久弥の日本百名山によると大伴家持が讃えた立山は太刀(たち)山で即ち劒岳であるということだ。
    平安時代には天台密教や浄土教と神を祀る神仏混淆の雄山神社を中心とし修験道の修行の場となり修験者は白衣、すげ笠、わらじ、金剛杖という姿で精神統一し真理を体得することを目指した。江戸時代には加賀藩は立山信仰を保護したが、明治の神仏分離以降には宗教活動は下火となり近代登山中心に変化し女性の登山も解禁、一般大衆に開かれた山となった。
     1971年に富山県から長野県まで立山を貫通する「立山黒部アルペンルート」が開通すると、立山は登山しなくても山を体験できるようになり、年間100万人の観光客が訪れる大観光地となった。
    山岳信仰を描いた文学作品に深田久弥が古代の立山だとする劒岳(つるぎだけ2998m)を描いた新田 次郎(1912−1980年)の劒岳がある。
     1907年、前人未踏といわれた北アルプスの劒岳山頂に、測量のための三角点を設置するために、柴崎芳太郎率いる測量隊が失敗を繰り返しながら、命がけで登頂に成功、測量旗を掲げた。ところが山頂付近には、「宗教用の錫杖(しゃくじょう)の頭と槍の穂」が残されており、「弘法大師が草鞋千足を用いても登れなかった」と信じられてきた山には、千年も前に修験者が登頂していたことが解った。近代登山の技術を用いても困難を極めた登山を白衣、すげ笠、わらじ、金剛杖という姿で登頂を成し遂げさせた「不可能を可能とする」信仰の力は驚くべきものだと思う。深田久弥の説のとおり大伴家持が神の山と讃えた立山が太刀(たち)山で即ち劒岳であるとすれば修験者が命がけで神に近づこうとしたことも理解できる。
    霊峰立山は修験者には申し訳ないが、登山の苦労も無い立山黒部アルペンルートでトロリーバス、ケーブルカー、ロープウェイなどを乗り継ぎ、扇沢―黒部ダム−黒部湖−黒部平−大観峰−室堂−弥陀ヶ原−美女平−立山というルートで観光した。5月末はまだ雪が残っていたが天候には恵まれ立山連峰が美しかった。観光した中では雪解け水が落差400mを流れ落ちる称名滝の豪快さが印象に残った。
    (写真は称名滝)


    【旅行時期】1993/05/22~1993/06/03
    【エリア】魚津・黒部・宇奈月・立山
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】さすらいおじさん

    151会津若松・おとぎ街道・蔵王3日間(by ひらけんさん)

    黒部
    1日目 朝雨のち曇り
    大阪駅構内工事中のため、集合場所「旅立ちの鐘」前にはじめて行く。以前の噴水に比べると狭くなった。集合時間に順調に集まる。8:12発の雷鳥5号で旅がスタートした。
     3時間ほどで金沢に到着した。朝の雨も上がり、曇り空となった。金沢からは、昭和観光バスで、運転手・ガイドともにSさんで「因みに夫婦ではありません」と説明受けたものの、きっと『夫婦やで〜』と皆心で思っていたのではなかろうか。ガイドさんは非常に安心感を覚える話し方をして、余計にしゃべり過ぎずとても良かった。富山からの北アルプス連峰の眺めは視界悪く見えなかった。有磯海SAで肌寒いなか幕の内弁当を僕たちだけが外で食べた。海らしい海の展望はなかった。北陸自動車道は日本海沿いにずっと北進し、黒部を過ぎてからは親不知・子不知などの26ものトンネルを越えて、上越までたどり着いた。山の急斜面が海岸に迫るすごいところを走っており驚く。ここで上信越と分岐、長岡で関越と分岐、新潟からいよいよ磐越自動車道に入る。金沢からほぼ5時間で御宿東鳳に着いた。かなり強行軍だった。温泉にゆっくり入り楽しみな夕食!ビール中を1本しかとらなかったが、良くまわり腹も膨れた。陶板焼きや刺身など美味しかった。珍味6品はどうも酒を進ませるためのような気が・・。部屋も和室で広く、1泊目にしては良く眠れたほうだ。部屋から悲劇の白虎隊の鶴ヶ城も見た。露天風呂からの市街地の眺めはなかなかのもの。満月にちかい月も輝いた!明日は晴れそうだ!

    【旅行時期】2006/05/11~2006/05/13
    【エリア】東山温泉
    【テーマ】
    【投稿者】ひらけん

    057 1日目 立山・黒部アルペンルート・上高地(by ひらけんさん)

    黒部
    1日目
    信州旅行とひっくるめて言ってはいますが、上高地を除けばほとんど富山県ですね。すべて長野県ぽく思っていたのは私だけ?(^_^;)
    大阪駅からサンダーバードで富山駅まで。バスでトロッコ宇奈月駅まで行く。5月というのにバス車内から雪をいただく山々に感動。トロッコにゴトゴト揺られ渓谷を満喫。
    富山駅に戻りシティーホテル泊は、ちと淋しい〜。
    Y旅行の安いパックなのでそれも仕方なし〜。

    【旅行時期】2003/05/02~2003/05/04
    【エリア】立山・アルペンルート
    【テーマ】
    【投稿者】ひらけん

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