アパホテル<高岡丸の内>

〒933-0912 富山県高岡市丸の内2-1

アパホテル<高岡丸の内>
↑外観

高岡の中心部に位置する、観光にもビジネスにも便利なホテル

大伴家持の歌に詠まれた「万葉のふるさと」高岡の中心部に位置し、観光、ビジネスに最適です。セミダブルベッドが完備されたゆとりある客室が自慢です。

アパホテル<高岡丸の内>

アパホテル<高岡丸の内>画像1 アパホテル<高岡丸の内>画像2 アパホテル<高岡丸の内>画像3

高岡マンテンホテル駅前

〒933-0023 富山県高岡市末広町1-8

高岡マンテンホテル駅前
↑高岡市内の夜景が一望

この春開業3周年!!JR高岡駅正面口徒歩1分の好立地!!

市内最大233室。全客室無料ネット接続、シャワートイレ、セミダブルベット完備。禁煙フロア有。館内には直営レストラン、OAコーナー、コインランドリー、ミニコンビニをご用意。駐車場屋根付デッキで直結。

高岡マンテンホテル駅前

高岡マンテンホテル駅前画像1 高岡マンテンホテル駅前画像2 高岡マンテンホテル駅前画像3

ビジネスイン高岡

〒933-0871 富山県高岡市駅南5-3-3

ビジネスイン高岡
↑ホテル外観

JR高岡駅南口より徒歩1分のアットホームなビジネスホテル!

広いシングルルームの他にツインルームが10室・広いダブルルームが4室・バラエティな和室が12室・スイートルームが1室の多用途型のビジネスホテルです。

ビジネスイン高岡

ビジネスイン高岡画像1 ビジネスイン高岡画像2 ビジネスイン高岡画像3

ホテル・アルファ-ワン高岡

〒933-0021 富山県高岡市下関町1-35

ホテル・アルファ-ワン高岡
↑外観

JR高岡駅より徒歩3分。コンビニ至近。ビジネス・観光に便利。

平成15年3月全室リニューアル!全室インターネット接続無料・冷蔵庫・ウォシュレットトイレ・ズボンプレッサー完備。ホテルアルファ‐ワンで心を癒すひと時をお過ごし下さいませ。 

ホテル・アルファ-ワン高岡

ホテル・アルファ-ワン高岡画像1 ホテル・アルファ-ワン高岡画像2 ホテル・アルファ-ワン高岡画像3

ホテル・アルファ-ワン高岡駅前

〒933-0021 富山県高岡市下関町4-55

ホテル・アルファ-ワン高岡駅前
↑外観

JR高岡駅に隣接しており、交通至便。繁華街・観光名所へも至近。

平成18年5月全室リニューアル!全室インターネット接続無料・冷蔵庫・ウォシュレットトイレ・ズボンプレッサー完備。ホテルアルファ‐ワンで心を癒すひと時をお過ごし下さいませ。 

ホテル・アルファ-ワン高岡駅前

ホテル・アルファ-ワン高岡駅前画像1 ホテル・アルファ-ワン高岡駅前画像2 ホテル・アルファ-ワン高岡駅前画像3

高岡に関する質問

高岡 高岡打綿 株式会社

高岡打綿 株式会社という会社の株券をもっているのですが、どこの証券会社に聞いてもわからないとの回答でした。どなたかご存知の方やこの株券をどのようにすればいいか教えて下さい。宜しくお願いします。高岡打綿 株式会社取締役社長 室崎....

  高岡打綿 株式会社の詳細


高岡 高岡の沖縄料理店

少し前に北日本新聞の02で見た記憶があるのですが、富山県高岡市に新装オープンした沖縄料理店って、どこのことでしょうか。たしか、駅南だったような…。店名も覚えていません。今、見返しても、記事が見つかりません。....

  高岡の沖縄料理店の詳細


高岡 高岡駅近くで早朝に休憩できるところ

予定しています。白川郷へは、いろいろと検討を重ねた結果、時間の融通を利かせるために、高岡駅からレンタカーを利用します。急行「能登」は高岡駅に6:00ごろ到着するのですが、レンタカー屋の営業は8:00からなので、その待ち時間....

  高岡駅近くで早朝に休憩できるところの詳細


高岡旅行記

独身最後の一人旅 その三(富山編)(by たけあきさん)

高岡
独身生活最後を記念して北陸を旅した記録。
高岡、富山での様子をまとめました。

【旅行時期】2006/03/20~2006/03/23
【エリア】富山県
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】たけあき

2006夏旅行 【その7】 ルーシー号(ウラジオストク→伏木)(by MILE JUNKIEさん)

高岡
 スペイン・バルセロナから、モスクワ経由で、空路ウラジオストクまで戻って来ました。

 往路では、ウラジオストクに入港した日に飛行機に乗り継げなかったので、空港前のベニスホテルに1泊しましたが、復路ではその日のうちに乗り継げる(?)ので、空港から港へ直行します。
 「乗り継げる」とは書きましたが、実は港に着いたのはチェックインの締め切り時刻(10:00)をとっくに過ぎた13:30頃でした。こうなることは、出発時から分かっていて気にはしていたのですが、万が一乗り損ねた時は片道航空券を買うつもりでいました。出港するのは夕刻なのですが、ずいぶん早いチェックイン時刻はやはり決まっているようで、女性スタッフは困った顔をしましたが、何とか拝み倒してチェックインすることができました。

 ルーシー号の旅は2泊です。食事付きで快適な船旅でした。伏木港の万葉埠頭に到着後は、徒歩で氷見線伏木駅まで移動します。伏木からは、北陸線と東海道線・山陽線を乗り継いで、18きっぷで帰りました。これで今年の長い夏旅行も終わりです。


【ルート】

8/13(日)
モスクワ→→→→(SU)→→→→(機中泊)
8/14(月)
→→→→ウラジオストク(空港)=======フタラヤレチカ+++++++ウラジオストク(駅)…ウラジオストク(港)〜〜〜〜<ルーシー号>〜〜〜〜(船中泊)
8/15(火)
〜〜〜〜<ルーシー号>〜〜〜〜(船中泊)
8/16(水)
〜〜〜〜<ルーシー号>〜〜〜〜伏木港(万葉埠頭)………伏木++++++高岡++++++金沢++++++敦賀++++++長浜++++++最寄り駅

【旅行時期】2006/08/14~2006/08/16
【エリア】ウラジオストック
【テーマ】
【投稿者】MILE JUNKIE

日本の旅 みちのく文学を辿る【12】 黒部ダムと富山市(by さすらいおじさんさん)

高岡
糸魚川では「カチューシャの唄」、「春よ来い」、早大校歌「都の西北」などの作詞で知られる相馬御風(そうま・ぎょふう1883−1950)の生家を訪ね、JR大糸線で信濃大町に出て扇沢経由で黒部ダムに向かった。
黒部ダムは1956年から7年の期間と延べ1000万人の労力をかけて建設された。アーチ式ドームの高さは日本一の186mで、黒部川第四発電所の年間発電量・約10億kWhは、一般家庭約30万戸の1年分の消費電力に相当するそうだ。黒部ダム建設の苦難は木本正次(1912−1995年)が「日本人の記録・黒部の太陽」に著した。1968年には木本正次の原作に基き石原裕次郎(1934−1987年)と三船敏郎(1920−1997年)の2つの独立プロの共同製作で、熊井啓監督、石原裕次郎、三船敏郎らのキャストでの「黒部の太陽」が映画化された。石原裕次郎は後に「黒部の太陽」は生涯で最も情熱を注いで製作した映画だと語っている。独立プロとして初めての製作で多くの苦労があった石原裕次郎の執念を感じさせる作品だった。多大な労力をかけ苦難の末に完成した日本一のアーチ式ドーム・黒部ダムと黒部湖の景観は素晴らしかった。
 富山では富山市役所の上部から市内の光景を見て、この旅で最後に観光した高岡では座高9・77mの青銅製坐像で北陸有数の大仏を拝観した。
 富山県出身者の文学作品で最も印象に残るものは、プロの作家では無いが140万部を超える異例のロングセラー・井村和清著、1980年刊の「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」だ。井村和清(1949−1980年)は砺波市に生まれ医師になり沖縄県立中部病院、岸和田徳洲会病院に内科医として勤務するが1977年に右膝に悪性腫瘍が発見され、右脚を切断。半年後に義足で職場に復帰するがまもなく肺への転移が見つかり自ら「余命6カ月」と診断し、懸命の闘病生活を送りながら死の1カ月前まで医療に携わり、1980年1月、31歳の若さで砺波市内の自宅で亡くなった。「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」では「死にたくない。生まれてくる子の顔を見たい」と末期がんとの闘病生活の中で、妻倫子、長女飛鳥、そして当時、倫子の胎内にいた二女清子への思いのすべてを吐露している。1982年には名高達郎 、竹下景子主演で映画化され、テレビドラマ化や韓国語に翻訳もされている。この著書が長期に渡って愛読されているのは死に直面した時に子供達への愛情に満ちた遺言を残す一方、医師らしくがんとの壮絶な闘いから逃げず、生への執着をみせ最期まで医療に献身する姿が感動を呼んだことは勿論だが、同時に井村医師は「将来は老人が安心してリハビリできる病院を作りたい」という夢を抱く、「医師に最も求められている患者を思いやる優しい人柄」であったことも見逃せない。井村医師は医師であると同時に義足を付けた身体障害者であり、がん患者であった。身体不自由者の立場から健康な人達に「健康の喜びと感謝の気持ちを持つこと」を呼びかけている。

あたりまえ
こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがい
るお母さんがいる
手が2本あって、足が2本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事がたべられる
夜になるとちゃんと眠れ、そしてまた朝がくる
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ

健康であることをあたりまえのことと考え、感謝をしないことへの戒めの言葉には反省しなければならない。井村医師が患者に優しかったのは、自身が身体障害者かつ病身であり、患者の気持ちを良く理解できたことが大きいだろう。米国での「身体不自由な医師−Disability Doctor」の採用の是非を問う記事を読んだことがあるが、「身体不自由者の気持ち」を理解しながら心のケアもできる点で「身体不自由な医師」の存在は大切なことだと思う。井村医師の死後薬剤師の妻倫子は、故郷沖縄県石川市に薬局を開業し井村医師の遺志を継いで2人の娘を立派に育てあげたそうで頭が下がるばかりだ。
 1993年の13日間のみちのくの旅は未知の世界を見て、新しい知識をたくさん教わった素晴らしい体験の旅だった。
(写真は黒部ダム)

【旅行時期】1993/05/22~1993/06/03
【エリア】富山県
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】さすらいおじさん

124_8月8日甲子園(by ひらけんさん)

高岡
第3日第3試合の大阪桐蔭VS春日部共栄の試合を観戦しました。
暑い中にも涼しい風も通り、楽な感じでライト外野席にいました。

【旅行時期】2005/08/08~2005/08/08
【エリア】甲子園
【テーマ】スポーツ観戦
【投稿者】ひらけん

氷見・高岡(by ダイスラーさん)

高岡
目が覚めて外を見たらやはり大雪。積雪量がやばいよ。とにかく始発で富山を後にして、移動。金沢まで直接行ってもいいんだけど、時間があったので、
港町・氷見
を訪れることに。ローカル線で行く小さな町なんだけど、おいしいお新鮮な魚が食べたいと思い。。。が、雪で道路状況が最悪だし、店も営業時間なはずなのに、しまってるよ。港町の雰囲気を味わえることはできたけど、結局氷見では何も食べれず、不満度レベル34だ。高岡にも寄りました。目的は鎌倉・奈良とともに
日本三大大仏の一つの高岡大仏
を見るために。思ったより大きな大仏でした。大仏の中にも入れるので、そこはいくべきでしょう。

【旅行時期】2005/12/28~2005/12/28
【エリア】高岡
【テーマ】
【投稿者】ダイスラー

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